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発散とは、リフレッシュとは、気分転換とはなんだ?
きのうは焼き肉喰ってカラオケして、しこたま飲んだ。20歳のころから遊び方に進化がない。

カラオケが好きな人にとってはよい世の中だとおもう。ほどほどの値段で、身近に、気軽に楽しめる、いい条件が揃ってる。

しかもカラオケには、「飲んで、歌って、動いて、笑う」という、結構な要素が、きちんと組み込まれている。それは流行るわけだ。まあ品のある文化とは思わないが。

でももっとやりたいことはあるのになぁ、と思う。とくに、「飲まない」人や「歌わない」人がいると、どうにか何かをご一緒したい気持で、いたたまれなくなる。

うーん。なんかないかな。

人間の原点あたりを探れば、ヒントは沢山あるはずだ。

いま気になっているのは「歌声喫茶」。みんなで歌うのがポイント。

あとは「花火」。火を使うのは本当に本能に近いところに訴えてくる。

同じ意味で、「バーベキュー」。上記に「食」の要素もプラス。

たとえば飲食業。いまのノリでサービスの「高級な」質を追求したって、それはイコール、コストがかかるということになる。結果、店員の態度一つで客はナーバスになり、評判は1月でころころ変わり、ネットと口コミでじわじわ叩かれ、体力のない事業者から消えていく。

しかも、その「お客さま」もまた、翌日は似たような立場の店員であったりするのだ。

本来、高級なサービスにはそれなりの対価があるはずで、受ける側にもスキルがいるのだ。懐石も、ホテルも、スキルがなければ楽しめない。高級なものは「習う」ところから楽しめるはずなのだ。そこから既に「楽しみ」なはず。そういうものは、ちゃんと別口で、用意したい。

安っぽい高級(風)サービスを蔓延させて、たいして儲かりもしないシノギを削りあうよりも、もっと仕組みそのものに金・・・いや、知恵を、投入するのが正しいのではないかと最近思いを強めている。

仲良くなる仕組み、盛り上がる仕組み、気分よくなる仕組み・・・あるはずじゃない?湯水のように金を投入された世の中で、きっと、そんなもの、ゴソっとふきだまってるような気がする。たいして活かされもせず。

都会なら都会らしく、ちゃんとそういうサービスを考えればいいのだ。

というわけで、ここを深めるべく、事例を探す旅に出ます。

たぶん 合コンとかクラブとか釣り堀とかバーベキュー場とかキャンプ場とかビアガーデン。
あとはカルチャークラブとか、か。合コンとクラブの知識はまったくないな。アウトドアものは好きだからがんばろう。

うぐ。大変だな。
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by kouichisugimoto | 2006-05-29 17:17 | 日記とか考えたこととか
すごいと怖い(ブラックジャックによろしく+海猿 マンガ)
ブラックジャックによろしく、は医療マンガ。

研修医が、外科、小児科、精神科などを研修していく過程で、さまざまな矛盾や問題に出会い、成長していくストーリー。そんな奴はいねえよ、みたいな意味ではファンタジーかもしれないが、すごい迫力で、うゎ、医療の現場ってスゲェ、とか思ってしまう。マンガの力、感じた。

医療の現場を告発するようなニュアンスではないが、・・・いまにして思えば、何か意図があって作られた作品なのだろうか?それが急に気になってきた。

なぜかというとー・・・

同じ作者がひとつ前に描いた「海猿」。こちらは海上保安庁の職員が主人公。映画化されたところ、海上保安庁に入りたい若者がものすごいイキオイで増えたそうで。

いやー、つくづくすごいものです、メディアの力。

ちなみに「ブラックジャックによろしく」では、連続児童殺傷事件、「海猿」では不審船銃撃のエピソードがあり、現実で起きた事件と重ね合わせて見られるのでよけい考えちゃう。
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by kouichisugimoto | 2006-05-27 20:38 | 日記とか考えたこととか
伝える力の弱さ(マンガいろいろ 補記)
小学生のころ「マンガはなぜ悪いか」という題で作文を書かされた記憶がある。もちろん僕はマンガを肯定する作文をしたと思うが、こういう題が提示される時点で「マンガはわるいもの」という認識があったはず。

小学校の図書館には何冊かの歴史マンガがあって、僕は絵が気に入っていた「北条時宗」ばっかり、何度も読んでいた。おかげで意味もなく「元寇」に詳しかった記憶がある。

いつからか議論にもならなくなったが、メディアとしての強さは、もう否定のしようがない。
(そもそも学校の教育と言うのは、これだけメディアが進化している割にはあまり進んでいないように思うのですが、どうなんでしょうか?)

文部科学省とかも考えたのだろう、マンガの大家が描いた「日本史」やら「物理」やらが、一般書店にも並んでいる。でも、軒並み、あんまおもしろくない気がする。

だって、きっと、依頼されて描いたんだ。指示通りに。
だから、マンガに宿るパワーが少ないんだきっと。

難しいものですなーー。
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by kouichisugimoto | 2006-05-27 20:13 | 日記とか考えたこととか
「俺の話を聞けーっ!」(マンガいろいろ)
マンガについて。
僕は文字ばかりの本も読むけど、マンガが大好きです。ちょっと考えを書きます。

「絶望に効くクスリ」、「ゴーマニズム宣言」、などは、思いをストレートに伝える手法の、まあちょっと穿った見方をすれば「オレオレメディア」だ。主人公は「作者自身」。伝えるのも「体験や思い」と、直球ストレート。

歌手にも「自分そのものを歌う」人ひとと、「作品を歌う」がいるとおもうのだけど、「作品を歌う」ひとも、長らくその世界を紡ぐことで、もちろん、自分の中の何かを伝えているのだと思う。
時間もパワーもいるけれど、そうした力はまた、すごい浸透力をもって、ファンの心に入っていく。長い時間をかけての、インストールだから、影響も、抜けにくいとおもう。

そんなことを確信した上で、手法として使う、すごいマンガ家もいる。
「東京大学物語」「源氏物語」「日露戦争物語」などを描く、江川達也という作家。

明快に自分の思想を、しかも作中ではそうとは見せず、長期的に「読者たち」にインストールしていく、明晰な頭脳を持った恐ろしい作家さんだ。

マンガを飛び出し、そんな自分の思想・ビジョンを見せる書籍も出している。
その名も「江川達也のニッポンを鍛えろ!―オレ的国家改造計画」
・・・ひぇー!と思ったが、興味深く読んでみた。
内容について細かくは控えるが、大胆に、具体的に、「オレ流・国家改造計画」を論じていく。

強く、魅力的なアイディアと文章。さすがマンガ家、エンターテイナー、という書き方。

こんな思いをベースにマンガを描いていたのかと思うと、その影響力を想像して、恐ろしくなる。このひとのマンガの部数と、政治家の得票数を比べたって、もちろん意味などないが、どれだけ多くの人の関心を集めているかと思うと、すごいことでしょ?

僕だって、伝えたいメッセージはある。でもこんな風にはとてもできない。考えなくっちゃー、と、思う。
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by kouichisugimoto | 2006-05-27 19:47 | 日記とか考えたこととか
ご近所と心地よく、しがらむ、感じ。(3)
ふとん屋のおばあちゃん。

夫婦でおふとん屋さん。足が痛い、といって大変そうだが、いっつもにこにこ、にこにこしている、ステキなおばあちゃんだ。

あるとき、ひょんなことから、ぬか漬けをいただいた。実家のとも、市販のとも、もちろん違う、「そこの家の味」。ああーー、すてきだぁ、と思って、皆でおいしく頂き、そのまま絶賛の感想を伝えると「いやそんなもんじゃないよ」と恥ずかしがる。でも、うれしく思ってくださったらしく、折に触れ、なんどもぬか漬けをごちそうになった。


また、彼女は僕の顔を見て、見るたびに、いい男だ!いい顔だ!とほめる。なんだかもう恥ずかしいのだけど、うれしく思って、なんだか幸せな気持になっていた。こんなコミュニケーションもあるのだ、とおもった。

ただ問題もあって、僕の「ヒゲ」が、まずいらしい(笑)。一度何の気なしにヒゲをそったら、「いやぁそのほうがいい男だ、いい顔だ」と言われて、まじめに悩んでしまった。

きっと、彼女の中では「ヒゲなど若いものの生やすものではない」ということで、「ヒゲなどないほうがいいよ」と、諭してくれていたのだろうと思う。

そしてきっと、自分の息子がヒゲを生やしたら、絶対剃らせるのだろうなー。笑

結局僕はひげを生やしているが、よい「地域の教育」を、垣間見たと思う。
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by kouichisugimoto | 2006-05-27 19:25 | ご近所シガラミ研究所
まっすぐ伝えないこと(絶望に効くクスリ マンガ)
伝えやすいメディアを持っているということは、政党を持っているのと同じではないかと思う。
それが(かなりの割合で)個人のものであるという、マンガはひときわ気をつけなければ危ない。

マンガの「伝えるちから」は今更説明の必要もないけど、この作品は、また異色。

作者が「絶望に効くクスリ」を求めて、各界の著名人に、希望のコトバをもらいにいく、レポートマンガ。スタンスとしては「その人のしごと」を説明して、興味がわくように伝えることに徹している。

とても作者の「我」と「画」がつよいので、そこが気になる人もいるとおもう。でもそこが、適度な弱点になっていて、メディアとしてのシリアスさをうまく緩和している。

僕は、実際にこのマンガを読んで興味を持ったひともおおい。手法もそうだけれど、内容にも、けっこう影響されている。わかりやすい。「ああ、ぼくもこういう風に取り上げてもらえるような大人になろう」とか考えると、「人生の企画書」は描きやすくなるかも。

「絶望に効くクスリ」というタイトルから手に取った、悩める若い人がへこんでしまうのでは?と思うほど、「しっかり自分の考えを持った大人」の姿を描き、その多様性を伝えている。「自分の仕事をしている人は美しい」のだ。

うん、「自分の仕事をしている人は美しい」。

身の回りの大人が尊敬できない、うらやましくない、と思ってしまう現代の若者に、「筋の通ったかっこいい大人の姿」を見せるという意味では「絶望に効くクスリ」となるのかもしれない。

対照的なのが「ゴーマニズム宣言」ではないかなと思う。こちらも初期には「いろんな人や物事」を伝えるスタンスをとって、「ゴーマンかます」というスタイルで「強く言い切る」大人の姿を自ら担っていた。その後ずんずん思想と戦いの日々に突入しちゃったのだ。
こちらはもはや「同調/反対する観客」か「自らも武器を持とうと高揚する」以外に参加方法がない。

メディアって怖い。
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by kouichisugimoto | 2006-05-23 20:30 | 日記とか考えたこととか
おもしろさの作り方(saku saku vol.1 DVD)
「ローカルならではのおもしろさ、かつ低予算の、味を最大限に出した」というと、後付けです。

限られた条件下で、いい物を作ってやる という、「テレビ人の執念」を感じます。

サクサクはすごい番組なのですがいちおう説明を試みると・・・
キャラクター(マペット)とタレントの掛け合いを軸にした音楽バラエティー、です。TVK(神奈川テレビ)から火がついた人気番組で、「サクサカー」といわれるマニアを沢山生み出し、社会現象となりました。

とにかく弁が立つ、毒舌?のキャラクター「ジゴロウ」と、気負わないのんびりキャラの木村カエラちゃんのカケアイトークがすごい。また、秀逸なのが、うたのコーナー。「川崎」や「厚木」といった神奈川の各地をネタにした、地域のテーマソングを勝手に作っちゃって、ジゴロウが歌い上げます。

僕は評判を聞いてDVDを予約したクチですが、毎日の習慣として、定時に楽しみに見るのが本来の楽しみ方だろうなぁ、と思います。

勢いとノリを、壊さずに、味を出す。ああ、おもしろいってこういうことだ、と思いました。

setagayanet.tvでは、「せたがやじん」マペットが、パーソナリティーとの掛け合いで、世田谷のニュースを読む番組ですが、敬意を込めて、「とても参考にさせていただいて」います。
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by kouichisugimoto | 2006-05-15 23:55 | 日記とか考えたこととか
感動のタイミング(Coccoの「ゴミゼロ大作戦」DVD)
Coccoの「ゴミゼロ大作戦」DVD。

<あらすじ>
歌をやめ、沖縄に帰り、海岸のゴミに絶望したCoccoが自ら呼びかけ、子供・若者たちと、「ゴミを拾って」とメッセージを伝えるために、10分のコンサートを行うというもの。

ひまだったので、ようやく封を開け、一人、店で観はじめた。

本来不器用であろうな彼女の、真摯な想い、努力、それが伝わっていく様子、みんなの想い、心の交流。その姿、まっすぐさ。徐々にこちらもこみ上げてくるものがありました。

そしてとうとうコンサート当日・・・うううヤバイ、泣く。いやかまうもんか、泣こうじゃないか俺。

うたが、始まる。・・・ぅぅぅ・・・感動の涙が涙腺から下まぶたへ・・・


・・・というタイミングで、思わぬ珍客があり「ズコーーーー」とズッコケた。カフェ下ノ谷ならでは。
作品には申し訳ないが、感動の頂点、その一歩前で、僕は、おもわず笑ってしまった。

あー、そーそー、そーだ。そーだった。
俺らは、笑かして何ぼだ。偉くもない。かっこよくなくてもいい。

まっすぐじゃなくてもいい。おもしろくいこう。

そんな貴重な(おもわぬ)気づきがありました。

(2005年6月の日記を加筆修正)
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by kouichisugimoto | 2006-05-15 00:08 | 日記とか考えたこととか
ご近所と心地よく、しがらむ、感じ。(2)
近所のおばさんは、まさに「下町かたぎ」の人。もとパン屋さん。

はじめは驚いたのです。店でみんなで遅くまでお酒飲んで騒いでたときのこと。突然僕の電話が鳴り、「何時だと思ってんダッ!!」と叱られました。

びっくりして、もちろん反省して、事なきを得たのですが、何が驚いたって、その叱り方。

下町モノのドラマでしか見たことがないような、勢いよく、キッパリさっぱり、あとくされのない叱り方。思いかえすにつけ、見事にドラマのようでした。カッコいいと思った。

その後約3年にわたり、オカズをたくさん作った、季節のおやつを作ったといっては差し入れてくださったり、こちらも煮物につかう酒を切らした、猫の餌を買い忘れたと「貸し」たり、そんなやりとりが、あります。


今日はご近所とバーベキューをしたらしく、僕が夕方現れたら、「なんだぁもう終わったわヨ!」と笑ってた。「また今度やろう」とも。なんかそういうのって、貴重な体験だ。

こっちも、考え事してても機嫌が悪くても、挨拶したりしてちょっと喋って、気がつくとカラッと気分が変わったりする。

すごいなあ。
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by kouichisugimoto | 2006-05-15 00:04 | ご近所シガラミ研究所
ご近所と心地よく、しがらむ、感じ。(1)
シガラミ、というのは、やっぱり「いやなもの」「避けたいもの」なのかな?

「まちづくり」的に表現すると、ソレが、「地域コミュニティー」を壊し、「となりの人に会ったことがないッス」な都市を生んできたということになるわけですが。

僕の拠点「カフェ下ノ谷」は、東京・三軒茶屋のエリアの「下町」に、ある。

え?と思う方もあるかもしれない。でも、TVでよく紹介され、若者が住みたい街であり、おしゃれタウンな三軒茶屋は、新旧入り乱れた雑居な感じが魅力の真髄だと思っているんです。

(もともと世田谷は、関東大震災と、戦争で人口が二倍、二倍になった街、という歴史があります。三軒茶屋は、都心から被災した人たちが商店街を作っていったという説があります)

ここで出会った方々から学んだことは多く、その中でたどり着いたのが「ここちよいシガラミ」
という表現です。

それをちょっと記録していってみたい所存です。

ちなみにもともとの僕のスペック・・・というか「生育状況」は以下のとおり。

・関東ベッドタウンの新興住宅地で育ちました。
・「商店街」というもののイメージがあまりない。買い物はスーパー。
・ご近所づきあいは、ありました。
・でも、皆同じような核家族の家ばかりで、特殊な感じ。
・たぶん、けっこう世間知らずです。
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by kouichisugimoto | 2006-05-14 23:56 | ご近所シガラミ研究所