カテゴリ:日記とか考えたこととか( 51 )
NPOって難しい。
こんなん読んだ。

〈地域人〉とまちづくり 講談社現代新書
中沢 孝夫 / / 講談社
ISBN : 406149662X

印象深かったのは、「人の集まる店づくりから始まる」というくだり。

良く考えたらあたりまえなのだけど、まちづくり=NPOではないのだ。
やっぱり僕はNPOというものにとらわれている。頭が固いと思う。


本来は、

若い人が、もりもり「事業」「プロジェクト」を進めていく中で
自然と「お金のこと」「契約のこと」を考えなければいけなくなる
そこで初めて、「法人化」を考えるのが大事なのじゃないか。

最初から組織、組織の形にこだわってしまうと、大事なものがずれるのだと思う。

NPO=NPO法人、と思ってしまいがちだが、
法人格がなくてもNPOとして活動する方法はいっぱいある。

法人化は、必要に迫られてから、すればいいのであって、法人ありきではない。

うむう。いまさらながらこんな気づき。

がんばろ・・・。
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by kouichisugimoto | 2007-05-10 20:32 | 日記とか考えたこととか
農大で学んだこと。
僕は農業の学校を卒業しましたが、米の作り方も、よく知りません。勉強が楽しいと思うようになったのは、ここ数年のことです。自分の仕事を発見していくなかで、知りたいことが増えました。学生のころは暇をもてあましていましたが、今は時間が足りなくて困っています。

ある教授の言葉が心に残っています。「人の営みは、土から離れれば離れるほど、危うい部分が増えると考えます。農林水産業をもっと大事にしなければいけない。」そんな意味の言葉です。僕の作る仕事は、一見「土から遠い」ようですが、人間からは遠くないと思っています。

思い立って「耕業」と名付けたのは、農業に対する恩返しと思いいれからです。
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by kouichisugimoto | 2007-03-10 20:18 | 日記とか考えたこととか
あたらしい「えこひいき」
世田谷に拠点を持ち、世田谷を愛する-・・・

そこまでは僕も一緒なんだけど、ベクトルが違う稲岡さん。彼はネットバブルもサクッとのり越えた、正真正銘の起業家だ。だから彼は僕のことを「せたがや仙人」(≒どうやって食ってるのかワカラナイ)と評する。

その彼が率いるジオスケープ社の新しいサービス。
生活消耗品、日用品の通販サイトBamen
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おもしろいのは「世田谷目黒渋谷区送料無料」「ジオスケープの知り合いはその旨記載すれば送料無料」というキャンペーン。

こんな調子。
>皆様のライフシーンをサポートするために生まれたBamenのオープンにあたり、
>Bamenを運営するジオスケープの本社、三軒茶屋を中心とした近隣の地域の
>皆様に、より一層地域に密着したウェブストアとしてご愛顧いただくために、オープン
>に先立ち1ヶ月の期間限定で配送料を無料とさせていただきました。
わはははは!おもしろーーーーーーーーーーい。

・・・うん、これって「ひいき」だよな、と思う。

「スキだから、感謝してるから、ひいきしますよ。」
「他の人にはしない、あなたにスペシャルなサービスしちゃいますよ。」
うれしいよなあ。単純に。「ひいきされる」って。

こういうのが「WEB2.0」じゃないの?

「うれしー!」が入ったネットショップなんてない。
「くやしー」「いいなぁ」「俺も知り合いたい」なんて感情、ネットに無い。


楽天に参加して、結構な年商をあげている知人がいますが、その世界は大変なものだ。同じ楽天内で、しのぎを削りあって高めていく方式だから、「楽天」にフィックスした努力を怠ってはすぐに「落ちる」仕組みなのだ。うへぇ、と思った。かといって、オンリーワンなんて、普通の商売(商材)をやってる人にはないし。

センエツ、と思いながらも、彼と僕を比較すると、「せたがやだいすきせたがやじん」という一点以外の共通項が気持いいくらい「ない」。土地の縁というのはおもしろい。21世紀っぽい。

「地縁コミュニティ2.0」か。
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by kouichisugimoto | 2007-01-17 23:45 | 日記とか考えたこととか
ムーミン谷のちょうどよさ加減。
「ひとの居る場所」について考える。

「あいつは苦手だ」「なんかオカシイよね」といった、人が集まれば避けて通れない状況、仲間はずれ、みたいな話は、大人になってさらに複雑化し細分化し、子どものよりも厄介だ。僕もまったくもってそこに囚われていて、ラブ&ピースなんて言葉には、「憧れても顔向けできない」人間だ。

そんな時、いつからか、決まって僕はムーミン谷のことを考える。

いくじなし、夢見がち、卑屈、プライドが高い、妙にクレバー、など、ムーミン谷の住人は、仲間はずれにされそうなキャラクターばかりが揃っている。というか、「一人もまともなのが居ない」ように思える。

でもなぜか、調和が保たれていて、日々は小さな出来事やささやかな事件と共に過ぎていく。

他人に関心が無いのだろうかと、最初は思った。
でもそんなことはない。助け合ったり、仲良くしたり、コミュニティはしっかりして見える。

他人に期待しないからうまくいくのだろうか、と次には思った。
それもあるのかもしれない。やや個人主義的かもしれない。

でもそればかりではなく、なんと言うか、ちゃんと認め合った上で、適正な距離を持つことがとても上手な、成熟した個人たちに見えてきた。(その距離は、精神的にも物理的にもある。)

むかつく!ということは、理解不能という意味ではない。自分のどこかにその似姿を持っているからこそ、むかつくという心の動きが出るのだと知った。


プロセス思考、プロセスワークといったことが最近気になる。わかりあうための考え方や手法を研究するテーマだという。20年来の師があらたにもたらした「宿題」だ。
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by kouichisugimoto | 2007-01-10 22:26 | 日記とか考えたこととか
なかむらあたるの表現
ずっと考えていて腑に落ちたこと。

年末くらいからずっと、お店などで耳にしていた曲が気になっていた。おおざっぱな記憶で、歌詞はこんな感じ。

手をつなぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人は友達くらいでいい

(ちゃんと調べて書いていません)

最初は、まったく、いい印象が無かったのですね。
なぜか「熟年歌手」が歌う「中高年の純愛っぽい不倫ドラマの主題歌」だと思い込んでいました。そのストーリーまで想像していた。妙に印象に残る、違和感というか、そんな感じでした。

そしたら、シンガーは20歳そこそこ、しかもこの歌、15歳のときにはじめてその人が作った曲だというじゃないですか!!

ええええええ!なんで15歳が、こんな枯れたような歌を作るのか??理解に苦しみましたが、この方、いわゆる性同一性障害というやつで、ずっと自分の持って生まれた「性」に苦しんでいたのだと知りました。

15歳で、それは辛い状況だったろうなと思いました。想像もつかない世界に、しばし思いを馳せて、改めて聴くと、詩は恐ろしい深い哀しみ。声は何度となく煮詰った挙句の透明感。

中年不倫モノとか思っていて申し訳ない気持でいっぱいになった。

売り方もおもしろい。なんかエイベックス!でCMがばんばん流れてるし!

「われわれの経験や想像を超える」ことが天才だとすれば。
天才の才能については、僕にとって、長らく悩みの種だった。天才と呼ばれる人たち自身も、致命的な欠落や苦しみと闘ったり、クスリに手を出して捕まっちゃう人とかいて。

天才って厄介な言葉だと思っていた。凡人には憧れと劣等感を、天才と呼ばれる人には焦りと恐怖を与える、怖い言葉だと思っていた。

でも、中村中はちがうかもしれない。「われわれの経験や想像を超える」、ちがう経験を持った、でも、「ただ一人の表現者」だと思った。(天才じゃない!という意味ではないです。念のため。)

抑圧されたモノの、開花する先のひとつとして、芸能の世界があるのだとすれば、そこが彼女が自分を表現し、生きる場だとすれば、彼女でなければいけない理由、確固たる存在価値があるのだ。それは天才がもたらすものと役割は等しい。

普通の子でちょっとカワいい、とか、努力してアイドル歌姫、とか、なんか抵抗があった。芸能コースで鍛えられた結果の歌い手ではなく、宿命としての表現者は、ずっしりと味わい深いと思った。

また、この登場の仕方、売り方、は新しいと思った。今後の動向を気にして行きたい。べんきょうになるなあ。
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by kouichisugimoto | 2007-01-10 21:55 | 日記とか考えたこととか
2007年になっちゃった
えー、あけましておめでとうございます。
2007年、・・・とうとう、「俺ポータル」つくってしまいました。

http://kougyou.jp/

「耕業」というのは造語だと思い込んで、ドメインまで取ったところ、検索してみたら結構出てきて(最初にしろよという話ですが)、軽くショックでした。農業の世界にある言葉みたいです。

[大切なこと、シリアスな問題、みんなのための仕事、公共、地域の仕事]などと呼んでいた自分の「しごと」を、自分なりに「耕業」・・・たがやすしごと・・・と思い至り、妙にスッキリしたので名付けてみました。

ずっと、じぶんの仕事をまとめる場所が無かったので、文句を言われたり、説明が必要になるたびに資料を作ったりしていましたが、これでもうだいじょうぶ!!

というわけで今年もがんばります。
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by kouichisugimoto | 2007-01-05 00:23 | 日記とか考えたこととか
新・地域と企業のかかわり。
本日のカフェのおきゃくさま、稲岡さん、菊池さん。

ジオスケープ
http://www.zeoscape.co.jp/

を手がける、熱い起業家でありました。じんわりとまだ、空間に人の気があるほどに。

「ハァ?飛ぶ鳥を落とす勢いで成長する、イケイケアゲアゲの会社社長と取締役が、いったいなんの用で、カフェ下ノ谷なんかにいらっしゃるのか?」

いい質問ですね!カフェ下ノ谷に「なんか」だけ余計だけども。

若きCEOは、会社として世田谷に根付いて、地域と関わっていきたい、との計画を持っていらっしゃった。僕らに関心を持って、歩いて会いに来てくれたのだ。

僕にとっては、「久しぶりの・重い話」だ。

行政でもNPOでもない人たちが、ビジネスで培った信用と手法で、「まちのしごと」を創っていったら、どんなにいいだろう、と考えないではない。というか、何度もトライして挫折した。

一方、いままで、多くの方が世田谷ネットを訪ねてきて、街のノウハウを知りたがったり、オイシイ話や、協業を持ちかけてきたり、実際に組んだりしてきた。でも、双方納得のいく結果が出たことはなかった。あるときは相手から、あるときは僕らから、手を離した。たいがいは、がっかりされた。

上手く書けないが、ビジネスを展開していこうとする力と、街の仕事は温度差がありすぎるのだと思った。だから、「ビジネスモデル」ではなく、「余興でいられる、サークル」を作った。だから会社をつくって、世田谷ネットを止めないために、努力している。

その結論としていまの世田谷ネットがあるならば、僕はあきらめたのだと思う。稲岡さんが見る「理想の地域と企業の姿」を。

セタガヤ仙人だ、と稲岡さんは僕を評した。なるほど、どう見ても、霞を喰って生きているようにしか見えないならば、それは仙人だ。実際、僕だって何で暮らせてるのかわからないのだもの。

あれ?

僕はいつの間に仙人になってしまったのだろう。企業が地域に関わりたがっている話を、僕は、度重なる失望から、はじめ、懐疑的に聞いていた。とても失礼なことをしたと思う。この場を借りてお詫びしたい。(<いや、メールしようよ杉タン!)

稲岡さんは、ゆったりした人だった。僕がゆっくり喋るのを、同じ温度で受け入れて話してくれた。せたがやじんを、気に入ってくれた。人形を貸してくれとおっしゃるので、貸した。

いままで、せたがやじんを他人に貸したことなんか、一度もなかったのに。


うむ、意識してなかったが、それが答えなのだ。体の感覚を信じようと思う。前に進もう。

企業が地域にかかわることで、地域も企業もハッピーになる姿を、自分たち(ゆかいな有限会社オモスロウ)だけじゃなく、ちゃんとコラボして、シナジって、一緒に考えて、やっていこう。

ぶはーーーーーーーーーーー。


重い話でした。


続きが気になるなぁ!主に俺が!!
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by kouichisugimoto | 2006-11-24 00:22 | 日記とか考えたこととか
海のリズム
週末、一泊で、海に参りました。西伊豆の、美しい海でした。

海に行きたかった。キレイで、「海水浴場的でない」海に行きたかった。

普段は積極的に「世田谷ヒキコモリ」を実践しているので、多摩川でも、砧公園でも、近所の街路樹だって、構わないのですが、圧倒的な自然を感じるのは、やはり、海ではないか?と思い、今まで見た中で一番キレイだった海に向かったのでした。いやー、よかったナーー。

波一発で体ごと持っていかれる感じ。もうちょっと深みに行ったら溺れちゃう感じの「圧倒的な」力。そしてそれは、きっと、体にもともと備わっているはずのリズム。・・・ふむ なんか、それ以来、僕は、体の調子がいいのです。気のせいかな?

総勢12名だったのですが、女子チームの一部などは、「海づいて」しまって、早くも次の算段を立ててたりします。彼女らも何か感じるところがあったのでしょう。

やはり自然は偉大だ。人間もすごい。

生きていることを体が思い出したような。

まだ「感じた」だけで、何も考え至っていないのですが、書いてしまいました。ゆっくり考えます。
まずは、定期的に海へ行く算段ができないものかと考えております。
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by kouichisugimoto | 2006-07-12 16:53 | 日記とか考えたこととか
飽和する死、僕の世界と、僕。
食物連鎖の頂点に立った生き物は、純粋に「死」を抽出し、意識し、恐れ始めるのではなかろうか、と考えたことがある。

筒井康隆の小説にこんなのがあった。
増えすぎた人類が「天敵」を自ら発明するというもの。僕はなんか恐竜みたいなものを想像しながら読んだ覚えがあるが、「天敵」の動向はニュースで報告され、次々と人間が「天敵」により殺されていく。
すると劇中では、「天敵による死」は、割とドライに描かれるのだ。「○○君、遅刻?」「いやあの辺、天敵が出て、やられたらしいよ」「そっかー」みたいな。

そんなものかもしれない。

死を恐れ、死を盾に生き、まだかかっていない病を恐れ、死神や死後の世界を想像する、人間。

身近な死が無いことによって、さらに、肉親の死が病院のベッド上になることで、さらに死は遠い存在になる。

身近な死の経験がないと、生きる感覚も希薄になる。

体を傷つけて、生きる実感を得ようとするもの
体を無視して働き、生きる実感を得ようとするもの
他人を傷つけて、生きる実感を得ようとするもの
自分を殺して、生きる実感を得ようとするもの

そんなんばっかじゃね?死が飽和してる。もったいない。

「死んでいないすべての人間」が生きている以上、
死を語ることは本当に、難しい。

いわゆる霊能力者など、その道の人たちは、おそらく死を身近に置き、親しんでいるから、その辺のノウハウを伝えられないものかなー。

日本の死刑制を廃止せよ、とアムネスティインターナショナルは言う。硬派で、いかにもといった存在のNGO。スタンスのあり方は昔から好きだけど、日本で死刑廃止がなされるとして、それは自分らで考えて決めたいと思った。

僕?

死、めちゃ怖い!!

生きてぇ~!生きていてぇ~!超生きてぇ~!!
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by kouichisugimoto | 2006-07-08 00:08 | 日記とか考えたこととか
[楽]に挑む!!
おしなべて男は不自由な生き物である。

何も生まぬ性に生まれ、たたかう遺伝子をもち、倒れやすい体を持つ。頭でばっかり考えて、そのとおりに体がついてこないで、たまに倒れたりする。挙句の果てに、それを女性に癒してもらおうと、料金を払ってサービスを受けたりする。・・・消費のシステムってこわい!

一方で女性は、同じように悩んでいても、体と心が繋がっている前提でものを考えるひとが多いように、乏しい経験からも、感じる。

(ちょっと偏見も入っているけど、僕は性的に当事者でもあるので許されたい。)


「楽」、ということを最近のテーマにしている。
「楽しようとする」「楽で在る」ことは、これがナカナカ奥深い。

そう!たとえば、である!「楽を悪とし、休まぬことが美徳である」、会社社会のような場では、正義を掲げ、国家を挙げて取り組まないと、諸君が暑い最中にネクタイを外すこともままならないのである!
(わぁ、こう書くとバカみたいだね!)

楽であることを是とし、楽に在り、集中と開放のオン/オフを切り替えられてこそ、いい仕事ができようというものだ。だから僕は「楽」に挑むのだ!なんて。
でもじっさい、癒しや占いがビジネスになるんだから、「楽」も市場がありそうだな。なさけない。

彼女から「そんなこと、わざわざ『取り組む』ようなことなの?」って言われそうだから言わないでおこう。
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by kouichisugimoto | 2006-07-01 01:03 | 日記とか考えたこととか