カテゴリ:耕業と避難訓練カフェ( 22 )
カフェという場所
いま、絶賛片付け中のカフェ下ノ谷。

仕事しながらだからのんびりだけど、徐々に徐々に・・・

「考えない」「動く」を二本柱に、今年は動いてみています。
サイト、ブログも整理していきます。

ああ、頭が空っぽだから何も書くことがないよ。
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by kouichisugimoto | 2008-01-28 00:56 | 耕業と避難訓練カフェ
取材してもらいました。
デイリーポータルZ&マツモトさんのおかげさまで、TBSラジオに取材してもらいました。レポーターの佐藤しほ里さんが美しくて若干あがった。(生放送であがったわけではないというところがずうずうしい)

安住さんとしゃべっちゃったよ〜!すげー。

「安住紳一郎の日曜天国」。日曜の午前中の2時間番組で。
http://www.tbs.co.jp/radio/nichiten/
記事リンク
http://www.tbs.co.jp/radio/nichiten/odekake/20071111.html

とりあえず記録〜
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by kouichisugimoto | 2007-11-12 00:13 | 耕業と避難訓練カフェ
まじめンターテイメント。
避難訓練カフェを作るとき、背中をどーんと押してくれた存在が二つある。

ひとつが「プラス・アーツ」。まちの仕事や防災を、アートとからめてるひとたち。
http://plusarts.exblog.jp/

もうひとつが、マツモトケイジさん。書籍「30日間マクドナルド生活」の中に収録された「30日間避難訓練生活」のインパクトはわすれられない。(マクドナルド生活もカップ麺生活も、違う意味で忘れられないインパクトだけど。)

そのマツモトさんが、避難訓練カフェに来てくれて、彼がライターを務めるDPZに、今日、掲載された。(http://portal.nifty.com/)

避難訓練カフェの取材のはずが、なんか、僕が自分でまとめられない自分の仕事について、とてもかっこよくわかりやすく、まとめて書いてくださったような記事になった。なにやら自分がえらく魅力的な人物になったような、照れくささ。

彼のかくものは、純粋なエンターテイメントの中に、まじめさやおかしさを織り込んだ感じで、軽そうで重い。メディアを疑うこと、自分で考えることを、僕は改めて教わった。

ひょうひょうとしておもしろい兄ちゃん、という風情だが、身近な人たちと楽しく過ごすための技術を、拡大して多くの人に提供している感じ。それは彼の文章に表れている。(http://keiziweb.com/)

僕はへんてこなことをやってるから、たまに取材をしていただくことがあるが、今回は本当に「こいつは、こんなことをやっている。おもしろいぞ。」と、友人に紹介してもらった感じで、ほんとうにうれしい。今までの取材で一番うれしい。

これはあれだ、プレゼントみたいなもんだな。

「たいせつなことは、おもしろかったら、もっといい。」
そう標榜してもうすぐ一年経つ。ぼくの10年間の仕事から生まれたベストな言葉であり、でもまだ何かの途上であると思う。今日再び、そこに立ち戻る。

「まじめにやってるのでいじりにくい」というのは僕の欠点だと自認してる。マツモトさんには申し訳なかったが、この記事、大事にするのでお許し願いたい。

う、なんか僕ら、ほめあってて気持ち悪いかもね?>マツモトさん


・・・ところであの記事のあの写真に写った、小太りの男は誰なんですかね?
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by kouichisugimoto | 2007-10-24 19:46 | 耕業と避難訓練カフェ
アートか、事業か、社会事業家?
ありがたいことにいろんな分野の人たちとの関わりがある人生だ。
起業家や事業者、その道の技術者や、さまざまな思想を持つ人、
科学者や、目に見えないものを扱う人。

僕の仕事はなんだろうと考えたときに、いつでもうまく説明できない。

社会起業家であるつもりでいるが事業たる核に出会っていないし、
営利事業の面も持つが、そんなに利益を出すことに執着できないし、

正直に書くとこうなる。

「やりたいことがある(いまは、じゃんじゃんわいてくる)」
「それは、たいがい社会に関与するアイディアだったりする」
「事業(≒収益性・継続性がある)か否かは考えてない」
「それをやりたいために、金銭が得られる仕事をする必要がある」

ということになる。

やりたいことが仕事になったらいいと思う。
でも、お金が得られるかどうかで、そのアイディアを形にできないのは苦痛だ。
だから、中途半端になっちゃう。

アーティストと呼ばれる人や、芸術に関わる人たちとのつながりもあり、
「おまえの仕事はアートと言えるかもしれぬ」と言ってもらったことがある。

アートが何かは、わからないが、「事業たり得るか否か」で悩むのは、つらいと感じる

たとえば、なにかが生まれたあと、それが事業になるならなればいいし、
ならないなら、パッキングして仕舞って陳列すればいいのなら、僕がアートだと
宣言して仕事をまとめることには意義があるのかもしれない。

余計なことは考えたくない。否、余計なことは走った後で、考えたいなぁ。

・・・と、今考えている件について
恥ずかしいのだけど記しておこうと思ったのでした。
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by kouichisugimoto | 2007-09-17 23:51 | 耕業と避難訓練カフェ
停電ナイトVOL.1
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停電。

それはスローでもロハスでもない、でも穏やかな暗がり。

蝋燭の灯りで避難食をお召し上がりいただきます。

で、酒が呑めます(つまみはサンマ缶など)。
カフェですからスイーツもあります(みかん缶など)。
音楽は電池式レコードプレーヤー。

防災について語る夕べ


・・・というわけでもありませんが、たまたま防災の話題になったとしても誰もヒかないでしょう。あ、あたらしい!!

まあ楽しくやりましょう。僕は呑みます。

※人によっては不謹慎だと感じるかもしれません。
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by kouichisugimoto | 2007-09-01 00:44 | 耕業と避難訓練カフェ
避難訓練カフェの意義・地震イツモノート
「地震が今起こるとして」という想定は、誰もしていないのだ。

そんなことできない、というのが、正しいのかもしれない。事故に遭う心構えで電車に乗る人などいないのだ。ジェットコースターに乗って「これはリスキーだ」と思うひとなんかいない。
そんな心構えをしても心労で健康を害する。

だいいち、日常が、たのしくなくなっちゃう。

地震イツモノート地震イツモノート―阪神・淡路大震災の被災者167人にきいたキモチの防災マニュアル
地震イツモプロジェクト / / 木楽舎
ISBN : 4907818920

「地震との新しいつきあい方」だって。すげぇ本だ。

避難訓練カフェを始めた頃に、教えてもらった一連の動き「プラス・アーツ」というNPOが、ここにもからんでいる。

正直な話、「しまった、避難訓練カフェ必要なかったじゃん」、とおもうくらい、スムーズに理解でき、また、意図するところも近しく感じた。

嬉し悔し憎し、やっぱ嬉し。みたいな感じ??

そう、「もしも」ではなく「いつも」にしなければいけないんですよね!
そのためには「楽しさ」が重要な働きをする。

豊かな情報とメディアに慣れた世界において、「大事だけど顧みられないもの」がある。

たとえば「健康」は、行政も取り組むテーマだが、影響力としては
みのもんたの番組をきっかけに健康に目覚めた人のほうが多かろう。
「健康」にエンターテイメント足りうる要素を見いだした人は偉い。
なにより、そこには、明確なマーケットがあるから。

(だから、もう「健康」なんて、民間にやらしとけばいいのだ。んで、あまりはしゃぐようならシメる、というのが、ただしい「民営化」ではなかろうか。)

一方、我らが「防災」はどうか。

・・・しょぼい!

「やらねばならぬ」から脱却できてないし、楽しくないし、

あ、役所がやってるのでも、ステキなアイテムはある。地震体験カーみたいなやつ。
でも、まじめに乗らないと怒られそうだ。やっぱし、そういうのは役所はやらん方がいい。
せっかく面白いのになぁ。

プラスアーツさんは偉い。こういうのがNPOの真価を発揮する「出番」だろう。

・・・だから僕はNPOとかはしばらくいいや。個人の方が動きやすいし〜!
アホやってられる方が楽しいし。

というわけで、避難訓練カフェも、ちょっと演出など凝ろうかなと画策中。
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by kouichisugimoto | 2007-07-17 18:16 | 耕業と避難訓練カフェ
修士論文Eさん
初台からあわてて戻り、夜はおきゃくさま。
コミュニティカフェをテーマに修士論文を書かれるというEさんとお話。

当方、あいかわらずの脱線しまくり。が、幸いあまり問題にならず、「彼氏つれてまた遊びにきます」という約束に至った。よかったよかった。

30歳を過ぎた頃から、年齢が10も離れると、もう会話にならないと感じていたが、一方で、僕がテーマにしてきたようなことに関心をもってコンタクトしてくれる人は、ものすごく核になる部分をすんなり共有できる感じで気持ちよい。

「カフェも方便」「カフェとはソファと照明と音楽である」「心地よいしがらみ」
など、僕の演目はいつもどおりなのだけど、回りくどい説明をしなくても伝わっている感じがあった。かしこいひとなのだなぁ。

将来のビジョンはうそでもいいから語っておけば良かったかな・・・いまの「まだ若干気弱コンディション」が正直に出てしまった。しまった。

そんなあわただしい土曜でした。やれやれ。
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by kouichisugimoto | 2007-06-23 23:13 | 耕業と避難訓練カフェ
晴れの日、非日常を考える
土曜は世田谷区のウォーキングフェスタに参加。
多摩川河川の兵庫島という、ひろーい、草っぱら公園。お天気最高。

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今回、避難訓練カフェ下ノ谷としての、初めてのエントリー。
(いままでは、世田谷ネットとして、世田谷をテーマにしたグッズやゲームで参加。)
いうなれば、個人名義での参加なのです。僕の中だけで画期的な出来事でした。

屋台カーがボヤを出すというアクシデントもありましたが、けが人もなく。

考えたこと二つ。

■ハレの日を自分でコーディネートすること

マックのモニターが当たったときも感じたのだけど、現代は、ちゃんと非日常を自分で生活に組み入れないといけないのだということ。
思い入れのあるイベントや、ぐっとアガるようなことを、考えて取り入れないと、ずーっと日常の中に居ることになる。それって意外と精神的な消耗をするかもしれない。

クリスマスや誕生日でアガれない人はちゃんと考えましょう・・・というのも、企画を提案するうえで大事なポイントだとおもう。


■主催者側のプロフェッショナルのあり方

規模のでかいイベントをまわすのは大変だ。

主催者がイベントのプロでない場合、制約や危機管理に重点を置きすぎてしまう危険があると思った。客が入って何ぼ、とはいわないが、人の流れもデザインのうちなのだと思う。多くてもいけないし、少なくてもいけない。難しい。イベント屋はその辺、ノウハウがあるのだろうな。

また、イベント仕掛け側が盛り上がるのは、ある意味、仕事の技術の一環だ。
お客をアゲて、空間をアゲて、流れを作るところまでが仕事だ。「準備」には、「モノや人の手配」以外にも、そこまでやらねばならない。そして、自分たちは、どこかしっかりと、覚めていなければいけない。

厳しい世界だのう。

アゲアゲナントカ、みたいな音楽は抵抗あったが、勉強してみるか・・・?DJオズマみたいの・・・??



とにかく、まぁ無事で何より。
避難訓練カフェブースの運用ノウハウも確定しそう。

そんな晴れた一日だったのでした。
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by kouichisugimoto | 2007-05-13 20:57 | 耕業と避難訓練カフェ
くすぐります。
わが世田谷耕業の重要な仕事のひとつは、「くすぐること」だ。

とかくシリアスになりがちな、公共的な分野の仕事。
(・・・たとえば地域や、防災や、保健福祉・・・)

たずさわるものとしては、楽しいことやおもしろいことを、うまく肯定できない心理があると、確かに思う。つまりまじめなのだ。

最近は多少「楽しさ」にも理解がある流れを感じるが、それでも硬い。
「ひろく認知を深めるために」という理由で、楽しさに「取り組んで」たりする。

そこで世田谷耕業は、お堅いものをやわらかくすべく、それらをくすぐって回るのだ。
企画はもちろん、重要なのはもちろん「人」だ。

NPOスタッフ、行政職員にも、もちろん、楽しいことが嫌いな人はいないのだ。
だからこっそりくすぐると、とたんにブレイクすることもある。おもしろい。

くすぐり方は難しい。職人芸といってもいい。角度や力加減、といった「按配」は、到底マニュアル化できるものではない。

もちろんルールも決まりも重要だ。可能な「枠」を熟知していなければならない。

完成のない、感性修行の日々なのである。
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by kouichisugimoto | 2007-05-10 20:53 | 耕業と避難訓練カフェ
制服の意義
世田谷耕業の制服を作りました。
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一着だけの僕の衣装なのですが、コレは制服なのでしょうか?

組織と個人について最近、よく考えます。

組織に居たかった理由は結局、個人だと「不安定だから」「不安だから」「さびしいから」という感じかな、と思いました。いまもスーパーでアルバイトしたいな、と不意に思うことがあります。そうもいかないので、ちゃんと分析してみました。

「不安定だから」
 これは最大の課題だ(笑)。でも、まだやれることでやってないことがあるから、楽天的でいられます。

「不安だから」
 コレはないものねだりです。組織にいたときは、内側では組織批判をするという、扱いづらい人間でした。いまは手漕ぎボートですが、造船も進路も自分でしたことなので文句を言う相手がいません。とほほ。

「さびしいから」
 まいにちまいにち、誰かが尋ねてきてくれます。飲食店にしておいてよかったなぁと思います。個人事務所だったら、きっと寂しくて外にでちゃいます。


というわけで、やっぱり僕は個人でいいのでした。そう、制服が着たくなれば勝手に作れるのです。

考えることをカタチにする、ソレを仕事にする、というのは、面倒だけど面白い。
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by kouichisugimoto | 2007-02-28 21:36 | 耕業と避難訓練カフェ