息抜きしつつ生き抜くのだ
■悪意を避けて生きる?

僕が、「たのしさ」にこだわるのには理由がある。
悪意が苦手なのだ。ほんと、すぐにヤられてしまう。

かつて、ちょっと頑張っちゃったのか、仕事で気を病んだ。
医者に、おまえは寝ていても緊張してるのだ、と言われた。
当時は、訳もなく長生きできる気でいたので、戦慄した。

そんな個人的な理由であって、大義を語るほどではないが、
「たのしさ」はニーズがあったようで、仕事にもなった。

もうひとつ、脱皮が必要だと最近切実に感じている。

まだ、見えない。



■考えても仕方ない事を考える

チベットのことが頭をめぐる。ぐるるん、ぐるるん。
ダライラマ・ラブを公言していたものの、悩みは尽きぬ。

僕は宗教画が好きだ。イコン画とか仏画も好きだ。
仏像も好きだ。素朴な感じの、小さいのが特に。
特に円空(http://www.enku.jp/)ラブだ。
お寺や教会はちょっと怖いけど神社は好きだ。

省みて、生きた人間のライブな宗教はどうも「強くて」なじまないようだ。
(まぁ、お盆にお墓参りに行くのだから、無宗教とも言い難いけど。)

「あの会社のファンだけど社員にはなりたくない」みたいな感じだ。

社員になっちゃえば、「僕は○○社の杉本です」って言って、あれこれ
思い悩まずに、会社のためにけっこうがんばって働くと思うのに、な。

ほんの、身のまわりのささいなことだけで生きていきたい
・・・とつい思ってしまうのだけど、それは思考停止とおなじこと。

かといって、どうやって世の中に関わればいいのかが
僕は、いまだにわからないみたいだ。


む? ちょっと弱ってるのかなあ、俺。
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by kouichisugimoto | 2008-04-07 00:16 | 日記とか考えたこととか
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