惚れられる道を追う。
ある「その道のすげえ人」に、お会いする機会があった。

感じたことは、困難な道を、それでもまっすぐ進む、「力の量」だった。
すごいボリューム、エネルギーだった。こりゃ、惚れるわ。

起業やらビジネスやらという「行為」が、「一般しろうと」の中にも普及しはじめていて、猫も杓子も「自分を探し」「おれ」で「いける」のではないかと思っている状況。

そこを食い物にする、サービスやらシステムやらメソッドやら。ああ非道いよ浮き世。

自分なんて、探したって見つからないのかもしれない。
持って生まれた人もいるだろうし、
ある日突然理解する人もいるかもしれないし、

「つくりあげること」には努力も才能も時の運も必要だ。
どんな小さな企画でも、道ばたの商店でも。ましてやビジネスなんて、「直接自分を介さなくても惚れられる」力が必要だ。それってすんごいことだ。

「これが私の生きる道」と思える道に出会うことは幸せだが、恐怖だ。
うまくいこうが野垂れ死のうが、もう逃げられない、それが「道」。

だったら、何かに属して、生きる糧を得て、余暇を輝かせるほうが、
単純に確率として「幸せになれる」。


「だれもが、つんく氏に才能を見いだされ、デビュー出来る」
「だれもが、ビッグビジネスを自ら起こしてヒルズ族になれる」
そんな可能性が、存在しちゃってる世の中って、実はステキじゃないかもしれない。

さらに「楽してビッグに!」という希望を叶える(叶えるならいいが)商売が横行するにあたり、いよいよ闇は深くなる。身の丈どころか、自分の形もわからなくなる。

おかげで、僕はぁ、自分探しをこじらせて、苦労してる訳だぁよ。
ま、デビューとかビッグとかを指向しなかったせいで、ひどい目には遭っていないが。




今日、【ひとつ確信したこと、発見】がある。

「気力」に形はないけれど、それが相手を巻き込み、空間に影響し、それが、伝える力や、伝播力になる。最終的には対象を「その気」にさせる「空気をつくりだす」のが、物事の成否を分ける。

それはビジネスでも、なんタラ商法でも一緒なんだ。

想いが強ければいいと言うわけでもない。形にするには、技術も必要だ。

凡才は「プレゼンの極意」を読み、まねれば、充分に恩恵を得られるが、
「空気をつくりだす」能力というのは相当な者だ。

物事を実現させると言うことは、「想いの力を形にすること」。
それって、世界を創造したという、神さまのやった仕事とおなじ。

すげー。それがわかっただけでも俺すげー。俺、えれーー。

うん、まあ当分はこれで充分だ。 笑
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by kouichisugimoto | 2008-02-18 00:15 | 日記とか考えたこととか
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