パソコンには泣かされた
startmac☆

いままでと現在の流浪のパソコンライフを書きます
(ちょっと機械の話ばかりです。)

■最初は漢字TALK7.5

学生時代、絵を描いていまして、就職に際し、「もはや画材を広げる時間などない」という理由でマックを買いました。といっても今は無き「パイオニア社の互換機GX-1」というマシン。
出始めのパワーマックでいえば6100/66AV相当のスペックであったと記憶します。
キャノンのスキャナ、アルプスのプリンタ、ワコムタブレット、そして「ペインター」にて。

メモリを奮発して「どーんと24メガ(笑)」にしたのが思い出です。


■就職してキューハチ。

入った職場は50人くらいの小さな組織。メインはワープロでした。1996年でしたか。
初めてのマシンがウインドーズ95の入った、NECの98マシンというやつで、「お前パソコンできるんだってな」という理由で、そのマシンをあてがわれました。「CARD」というデータベースソフトと、HTMLエディタ(ホームページビルダーか?忘れた)がメイン。あとワープロ文書の変換係。
(今思うと遠い昔のようですが、10年程度の話なんですな。)


■生まれて消えた野望

僕は総務で、上司含め、みんなパソコンには疎かったですから、強く押せば「職場を全部マックにする」ことも、不可能ではないと考えておりました。マッキントッシュが好きだぁー!と公言してはばからない僕だったのですが、それには、当時ものすごく勇気が要りました。

時代はマックの冬、「マックってなくなるらしいよ?」という流言が飛び交う世の中だったのでございます。そういう時代もあったのでございます。ほんとうでございます。
あとキューハチとの相性が悪くて、一日一回キれておりました。しかし慣れとは怖いもので・・・。


■ウインドウズと僕

遅ればせながら、職場にもIT化の波が押し寄せ、あらゆる業務がパソコンに移行していきました。僕は総務だったので、バンバンとパソコンを導入しました。「そのときお買い得な機種」を買わねばならない宿命のため、メジャーなメーカーのマシンは大概導入するハメに。
結果、恐ろしいことに、パッチワークのような職場になり、電機屋みたいになりました

もちろんマシントラブルはみんな総務の僕のせいなのでした。
もともと機械オンチなのに、ウインドウズに関してはそこそこ詳しくなりました。
ある意味スパルタな環境でした。


■独立後

職場をやめて新しい仕事を始めて、いわゆるSOHOみたいな環境を作って、今に至ります。

導入したのはIBMのTHINKPADでした。それだけは高くて買ったことがなかったのです。これは一番相性が良かった。
扱いが悪いのか怪電波を放っているのか、長持ちしませんが、トラブルが少ない。いまので三台目。X41というタブレット型ですが、絵がかけるので、大層気に入っております。

というわけで、メインマシン・サブマシンともThinkPadの、今日この頃です。

これでもだいぶ、はしょって書いているのですが、まあこんな感じです。
読んでくださった方がいたら感謝です。
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by kouichisugimoto | 2007-05-14 21:56 | startmac
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